2017年01月04日

フォトハウス京都の履歴書-4-

<設立趣意書>
1984年11月15日付で設立の案内を関係方面へ郵送します。名称は「写真舎<PHOTO HUSE>」設立準備会で、その代表は中川繁夫の記名です。案内の内容は、設立趣意書の「送付文」と「現在日本の写真状況における当面の課題」と題した文書です。ここに書き写しておきます。

「送付書」
 この度、かねてより企画中でありました、写真舎「フォトハウス」を設立する運びとなりました。つきましては、設立趣意書ならびに当面行っていく事業内容、および達成すべき課題と組織編成図をここに明らかにし、より感性されたものとしていくために、皆様方のご意見とご指導を仰ぐ次第です。
 追って、より具体的な事項、たとえば総務事務局の構成についてや、運営委員会等を構築していくための集まりのご案内を差し上げようと思っていますので、その節には皆様方にお集まりいただいて、具体的な事業の内容を細部にわたって決めて行きたいと考えています。
「現在日本の写真状況における当面の課題」
 いま、日本の現状において、写真と写真家が置かれている現場は、ますます多様化する価値観のなかで、様々な問題をはらんでいるようにも見うけられます。写真と写真家をめぐる諸問題は、たとえば現在の多様化した写真表現をどのような視座からとらえていくか。また写真家として表現された写真をどのように解読していけばよいのか。そして写真家は、現在、いったい何をどのように撮ればいいのか。
 80年代半ば、すべての価値観が拡散してしまったかのように見えるいま、写真家たろうとする写真家は、これらの問題を考えていく土壌を創り出すことから始めていかなければならない。
 これら個々の問題については、ことあるごとに、何時においても語り論じられてきたところだ。しかし、これらがひとつのパワーとして結実するには至ってはいない。
 現在、日毎、写真は数多く発表されている。しかし、これら発表される一つひとつの写真についての具体的な評価や、より写真表現としての、優れた展開のための方法といった批評は、おおむね表面立って現れてはこなかったように見受けられる。
 「いま、写真とは何なのか」という問題提起の場が、総合的な視座、あるいは歴史的な視座から見て、欠落していたように思われる。
 いま、巷にあふれる写真の群たちの一つひとつに、どのような評価を与え、それらの写真群を、何処へ持って行こうとしているのか。これが、当面の私たちが背負った、問題解決への論拠となる出発点であろう。
 いま、写真舎「フォトハウス」の設立の意義は、次の世代へ向けての写真と写真家がいかにあるべきかと、そのあり様を問う現場として、写真を考える人々の意識ある結集のもとに、写真における新しい価値概念を創出していくことにある。
 ここに、現在の写真と写真家がかかえている諸問題へ、ダイレクトに価値と論拠を与えていける場として機能していけることを、写真舎「フォトハウス」設立の趣意とする。1984.11.1

この文書と一緒に郵送され、公表された案内があります組織図案で、翌年1985年1月に、呼びかけに集まられた人達、十名ほどいらしたかと記憶していますが、京都府庁前の「まつもと設計事務所」にて会合をもつことになります。(以下、続きます)

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posted by nakagawa at 17:16| Comment(0) | フォトハウス京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする