2017年07月22日

フォトハウス日記-2-

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1980年から数年間、巡回写真展を企画して、いくつかの会場を確保して、写真展を開催してきました。もちろんこれはひとりでできるわけではなくて、引き受けていただく方の熱意のたまものでした。ここに掲載の写真展は、どこでおこなったものか、ちょっと記憶にない。記憶にない会場のものを、あえて選んで載せてみたところです。何処やろ?、いろいろ詮索していて、準備中の写真が残っているということは、立ち会っているんだな。白板があり、事務テーブルがあり、天井に照明もある、ということはどこかの会議施設かも知れない、といま詮索しながら、ひょっとしたらYWCAの会場かも知れない。展示しているパネルも、全紙のパネル張りと額装のものがあるから、巡回展の後半の方だと思えるのです。

フォトハウスを設立するのは、巡回展らが終わってから1984年のことだから、巡回展企画は3年ほどだったと思えます。釜ヶ崎の写真展を、年に一回、連帯労組のフェスティバルで展示するようになったのは2008年からです。かれこれ10年になります。これはプロパガンダの要素があるから、あまり関係筋にはアピールしていません。でも、毎年、新作を加えていて、関西プリントでコピーしてラミネート加工して、展示します。野外のテント張りもと、パネルを用意してもらって、貼り付ける。釜ヶ崎当地の関係者と共に展示しています。この年一回、一日限りの写真展を、いま、まとめて展覧会をしようかと思っているところです。というのも、最近、ギャラリーでないスペースで、イベント的に写真展示を行うことが頻繁に行われるようになったから。ぼくの場合なら旧質美小学校のスペースなら借りられそうだと思えます。

フォトハウス表現研究所の名称の枠組みを、最近、立ち上げました。批評と作家と企画者を育てる表現塾を開塾しようと画策中です。昨年までいた枠組みでは、できないと思ったから、それから一年、開塾のめどが立ってきたところです。広報ができにくいから少人数制でおこなう計画ですが、金儲けじゃないから、少数精鋭でいいと思っています。賛否両論、あくまで学びの器は経済の枠組みで、実社会で実施だからお金をとって目立っていくのが本筋だ、という意見と、その逆、教育、学びは、経済活動からいったん離れて、理想を培うところから、とぼくなんかは後者を選ぶわけですが、これはともすれば仲良しクラブでしかなくて、それを意識の中でどのように止揚するかにかかっていると思えます。企画者と参加者の意識の高さによると思えて、参加者にはこの意識の高さを求めていかないといけない。ここからの始まりだと思います。自己改革から始めよう、ですね。

posted by nakagawa at 09:43| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする