フォトハウス日記-3-

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 フォトハウスの構想を練っていく過程で、あの東松照明さんがいらっしゃらなかったら、その構想じたいが生まれなかったと考えていいと思っています。ちょうど1980年代の初めごろから数年間、東松さんの京都取材があって、京都へ来られるたびにお会いすることがでした。東松さんのほうから、来たよ、と電話連絡があり、常宿にされていた北白川界隈で食事兼酒飲みをして、宿へいったり、そのまま別れたり、いつも何かしら議論らしいことをしていた記憶です。フォトハウスは理想を図式にした案で、全体をすぐに実現できるというものではなく、できる処から実現させればいいと思ったものです。お金のこと、つまり経済機構のなかでは結ばない、金儲けの手段ではない、そういうムーブメントを背景に構想されたものでした。

 その当時にはもう頭の毛が少なくなっていた彼は、ヒゲを生やしていたけれど、ふつうのやさしそうなおじさん、ってな感じで、ええ、そばにいっしょにいて、高貴な人というイメージではありませんでした。彼の人がらに、慣れるにしたがって、かなり心の奥深いところにまで、平常感覚とか幸不幸感とか、そこまでくみ取れるようになっていったと思えます。理想をかかげ、理想をひろげ、理想を実現していくプロセスを手に入れる。京都という地域は、日本文化を形成するイメージの集積ではないか、集積されているのではないか。その中心は天皇制という概念でくくられることの中身そのもの。それを写真という静止画で、連らねていけないか、というのが命題でした。彼が撮り終えてほぼ十年間、考えあぐねてまとめきれなかった写真群が京都で撮られた一連だと考えますが、ぼくには幾多の示唆をいただいたテーマだと思っています。

 フォトハウスの構想は図式でしかありません。いま、フォトハウス表現研究所を図式し、フォトハウス表現塾を構想しているところです。決して表面的な捉え方ではなくて、生きることの根底、生活のための食べ物、セックス、地縁関係、血縁関係、様々な全体を、仰げば降り注ぐ希望の光として、感じられる生き方、捉え方でしょうかね。いやはや、宗教ではありません、といいながら、これは芸術だ、ということも言えない。時代としては情報ネットワークの時代で、インターネットがなかった時代とは違う環境でしょう。言葉が持つ価値観を見直すべきことが必要なのではないか。言葉のもつ意味を、それぞれ自分の中で定義し、イメージしていかないといけないのでは。これは何時の時代にも言えることかもしれなくて、拠って起つ位置を自覚せよ、だと思います。

posted by nakagawa at 10:27京都 ☁Comment(0)日記

表現塾について-1-

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 フォトハウス表現塾の、その内容について、あれこれと考えているところです。メモをとる要領で、いろいろと文章を書いて、自分自身で読みかえしてみて、積み上げていく公開生成の方法を取っています。
 表現の方法をジャンルに分けるというのもいかがなものかと思いながら、枠組みとして5つのジャンルに分けています。絵画、写真、映画、音楽、文章、とこの5つの分野です。
 ジャンルに分けたからジャンルごとに塾を作るという縦割りではなくて、融合させていくということです。塾生になった人が、それぞれに専門となっていく分野、あるいはすでに専門としている分野があれば、その裾野をひろげて、トータルに捉えていく。ここにある5分野は、表現の方法であり、ツールとなるものですが。
 絵画と写真はおたがいに平面構成で、歴史的に見ても絵画があって、カメラの考案により写真が生まれてきます。写真は静止画で、それを連続させると映画になります。映画になることで、音楽要素と文章要素を組み入れることになりますが、先行して舞台芸術の流れが背景にあります。というように相互に関連しながら、芸術の分野を構成していると考えます。
 各ジャンルにおいても、それぞれに現わす方法が多々あって、絵画なら絵具とかの材料から、なにを描くのかという描かれるモノの意味を問うことも必要だし、静止画としての絵画から、立体としてのインスタレーションまでを含むと、視覚表現の(カメラを使わない部分の)すべて、といえるのかも知れません。
 写真と映画と音楽と文章、これらも様々に組み合わされ、現わされることになる現在です。
 表現とは何か、表現することとは、何を意味するのか。わかったようでわかりにくいこの問いに、問うことの無意味さを持ち出さないで、いちおう、考察してみる。
(続く)
posted by nakagawa at 16:45京都 ☁Comment(0)表現塾