フォトハウス日記170919

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フォトハウス表現研究所のホームページ
 もう最後の仕事になろうかと思っているところですが、フォトハウス表現研究所を、この9月1日付で設立しました。とはいっても法人格をもったわけではなく、実体はというとネット上にホームページを開設したというレベルです。自分史の中でいうと「フォトハウス」という名称を使いだしたのが1984年で、その後「フォトハウス京都」と改称して、形あるものとして「写真ワークショップ」の開催や「資料室の開設」などをおこなってきました。先駆的な動きを創ってきたと自負するところですが、その後の展開が個人的にできなくて、原形を提供する立場です。でも、これは、先駆的役割で、まだ見えにくい環境を創り出していくことだから、それなりに自分では評価しています。でもこれらは自己満足に過ぎなくて、二番煎じの組織がそれなりに名をはせていく結果となるわけです。

 2004年に「総合文化研究所」をネット上に創立し、情報発信の場として「むくむく通信社」をつくりました。テーマはグローバル化に対抗していく生活レベルの活動、とでも表現すればよろしいか、農作業などを推奨しています。農作業だけではなくて、そこには芸術という概念の見直し、組み換え、転換などを想定してのムーブメントでした。パンを焼き、コメを作り、野菜を育てる。食の問題は、反グローバル、地産地消、固有の文化保存など、そういう風潮が芽生えていることに着目して、アートの枠組みでとらえてきたところです。フォトハウス表現研究所では、フォトハウス表現塾の名前の塾的学びの場を創出しようと考えています。
(続く)


posted by nakagawa at 09:39京都 ☀Comment(0)日記

フォトハウス日記-3-

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 フォトハウスの構想を練っていく過程で、あの東松照明さんがいらっしゃらなかったら、その構想じたいが生まれなかったと考えていいと思っています。ちょうど1980年代の初めごろから数年間、東松さんの京都取材があって、京都へ来られるたびにお会いすることがでした。東松さんのほうから、来たよ、と電話連絡があり、常宿にされていた北白川界隈で食事兼酒飲みをして、宿へいったり、そのまま別れたり、いつも何かしら議論らしいことをしていた記憶です。フォトハウスは理想を図式にした案で、全体をすぐに実現できるというものではなく、できる処から実現させればいいと思ったものです。お金のこと、つまり経済機構のなかでは結ばない、金儲けの手段ではない、そういうムーブメントを背景に構想されたものでした。

 その当時にはもう頭の毛が少なくなっていた彼は、ヒゲを生やしていたけれど、ふつうのやさしそうなおじさん、ってな感じで、ええ、そばにいっしょにいて、高貴な人というイメージではありませんでした。彼の人がらに、慣れるにしたがって、かなり心の奥深いところにまで、平常感覚とか幸不幸感とか、そこまでくみ取れるようになっていったと思えます。理想をかかげ、理想をひろげ、理想を実現していくプロセスを手に入れる。京都という地域は、日本文化を形成するイメージの集積ではないか、集積されているのではないか。その中心は天皇制という概念でくくられることの中身そのもの。それを写真という静止画で、連らねていけないか、というのが命題でした。彼が撮り終えてほぼ十年間、考えあぐねてまとめきれなかった写真群が京都で撮られた一連だと考えますが、ぼくには幾多の示唆をいただいたテーマだと思っています。

 フォトハウスの構想は図式でしかありません。いま、フォトハウス表現研究所を図式し、フォトハウス表現塾を構想しているところです。決して表面的な捉え方ではなくて、生きることの根底、生活のための食べ物、セックス、地縁関係、血縁関係、様々な全体を、仰げば降り注ぐ希望の光として、感じられる生き方、捉え方でしょうかね。いやはや、宗教ではありません、といいながら、これは芸術だ、ということも言えない。時代としては情報ネットワークの時代で、インターネットがなかった時代とは違う環境でしょう。言葉が持つ価値観を見直すべきことが必要なのではないか。言葉のもつ意味を、それぞれ自分の中で定義し、イメージしていかないといけないのでは。これは何時の時代にも言えることかもしれなくて、拠って起つ位置を自覚せよ、だと思います。

posted by nakagawa at 10:27京都 ☁Comment(0)日記

フォトハウス日記-2-

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1980年から数年間、巡回写真展を企画して、いくつかの会場を確保して、写真展を開催してきました。もちろんこれはひとりでできるわけではなくて、引き受けていただく方の熱意のたまものでした。ここに掲載の写真展は、どこでおこなったものか、ちょっと記憶にない。記憶にない会場のものを、あえて選んで載せてみたところです。何処やろ?、いろいろ詮索していて、準備中の写真が残っているということは、立ち会っているんだな。白板があり、事務テーブルがあり、天井に照明もある、ということはどこかの会議施設かも知れない、といま詮索しながら、ひょっとしたらYWCAの会場かも知れない。展示しているパネルも、全紙のパネル張りと額装のものがあるから、巡回展の後半の方だと思えるのです。

フォトハウスを設立するのは、巡回展らが終わってから1984年のことだから、巡回展企画は3年ほどだったと思えます。釜ヶ崎の写真展を、年に一回、連帯労組のフェスティバルで展示するようになったのは2008年からです。かれこれ10年になります。これはプロパガンダの要素があるから、あまり関係筋にはアピールしていません。でも、毎年、新作を加えていて、関西プリントでコピーしてラミネート加工して、展示します。野外のテント張りもと、パネルを用意してもらって、貼り付ける。釜ヶ崎当地の関係者と共に展示しています。この年一回、一日限りの写真展を、いま、まとめて展覧会をしようかと思っているところです。というのも、最近、ギャラリーでないスペースで、イベント的に写真展示を行うことが頻繁に行われるようになったから。ぼくの場合なら旧質美小学校のスペースなら借りられそうだと思えます。

フォトハウス表現研究所の名称の枠組みを、最近、立ち上げました。批評と作家と企画者を育てる表現塾を開塾しようと画策中です。昨年までいた枠組みでは、できないと思ったから、それから一年、開塾のめどが立ってきたところです。広報ができにくいから少人数制でおこなう計画ですが、金儲けじゃないから、少数精鋭でいいと思っています。賛否両論、あくまで学びの器は経済の枠組みで、実社会で実施だからお金をとって目立っていくのが本筋だ、という意見と、その逆、教育、学びは、経済活動からいったん離れて、理想を培うところから、とぼくなんかは後者を選ぶわけですが、これはともすれば仲良しクラブでしかなくて、それを意識の中でどのように止揚するかにかかっていると思えます。企画者と参加者の意識の高さによると思えて、参加者にはこの意識の高さを求めていかないといけない。ここからの始まりだと思います。自己改革から始めよう、ですね。

posted by nakagawa at 09:43京都 ☁Comment(0)日記

フォトハウス日記-1-

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まえにも、どこかで、この写真を使ったことがあったと思うけど、またこれを載せます。
というのも、バックに写っているのが、関西二科展の看板だからです。
今更、だから、どうしたんだ、という話だけど、ここに出品した事実があります。
数年前まで、写連とか二科とかに所属していたことを恥じる自分がありました。
そもそも京都シュピーゲルが改称された光影会にいたこと自体、隠したい気持ちがあった。
でも、この年になって、自伝を書き連ねているなかで、隠してはいけないと思った。
都合のいいように自分を改ざんする、ねつ造じゃないけど、立派に見せたいと。
でも、そんなの、いけませんよね、あったことをなかったようにすること。
ところで、フォトハウスは1984年ごろに創作された名称です。
最初の頃「写真舎・フォトハウス」という名称でしたが、写真舎をとりました。
最近、和名で表現塾なんて名前を広報し始めたところです。
わけわからなくなってきて、パッシングされたり、排除されたり、そうなるかも。
もう少しリラックスして、この夏を過ごしたいと思っているところです。

posted by nakagawa at 16:21京都 ☁Comment(0)日記

ブログデザインを変えました

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春らしいデザインに変えようと思っていろいろやってみました。
結局、こんなのになりました。
表示される字が大きくなったので、読みやすいかもしれない。
書かれた内容は変わらないのに、見た目が変わると、内容も変わる?。
便利になったものです。
もう何もしなくても作家になった気分になれる、自己満足ですが。
今日は日曜、朝から、ラジオでは古い流行歌を流しています。
朝の散歩道、なんて女子アナの声が聞こえてきます。
まだ時間がある、ちょっと記事書きにがんばろう。

posted by nakagawa at 09:15京都 ☀Comment(0)日記

フォトハウスです

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こんにちは、今日は2017年2月8日、水曜日です。
フォトハウスを設立させたのが1984年だから34年ほどになります。
もう昔のことを引きずっているのもどうかとおもうところです。
リニューアルして、今に立って、写真を学ぶ枠組みを作らないといけない。
このように思っているんですが、まずは、意志ある者が集まることを優先させたい。
フォトハウスの最初の時を思いだしていて、勇気を出して、呼びかけようと思ったのです。
あらかじめ定められた枠を、想定どうりに進めていくことが無効なら、どうする。
ここから始められる有志を募ります。
まずは集まってみよう、に賛同される人、日にちは未定ですが4月に集まりませんか。
もう少し時間を置いて、具体的な意思表示の方法などを告知したいと思っています。
新しく組成するこの段階から話しにのって来る人あれば、歓迎です。
facebookに書き込みいただければありがたいです。
なければ成立しない、させないということになります。
posted by nakagawa at 17:11Comment(0)日記