2017年08月26日

フィルム時代の寫眞-19-

大阪/風景-3- 1977~1979 nakagawa shigeo
120osaka1212120015.JPG120osaka1212120012.JPG120osaka1212120011.JPG120osaka1212120016.JPG120osaka1212120014.JPG120osaka1212120013.JPG120osaka1212120017.JPG120osaka1212120018.JPG120osaka1212120019.JPG120osaka1212120020.JPG

posted by nakagawa at 18:35| 京都 ☁| Comment(0) | 寫眞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月20日

フィルム時代の寫眞-18-

大阪/風景-2- 1977~1979 nakagawa shigeo
120osaka1212120004.JPG120osaka1212120002.JPG120osaka1212120003.JPG120osaka1212120005.JPG120osaka1212120006.JPG120osaka1212120001.JPG120osaka1212120008.JPG120osaka1212120007.JPG120osaka1212120010.JPG120osaka1212120009.JPG


posted by nakagawa at 16:51| 京都 ☁| Comment(0) | 寫眞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月14日

フォトハウス日記-3-

120siryo0502040025.JPG
 フォトハウスの構想を練っていく過程で、あの東松照明さんがいらっしゃらなかったら、その構想じたいが生まれなかったと考えていいと思っています。ちょうど1980年代の初めごろから数年間、東松さんの京都取材があって、京都へ来られるたびにお会いすることがでした。東松さんのほうから、来たよ、と電話連絡があり、常宿にされていた北白川界隈で食事兼酒飲みをして、宿へいったり、そのまま別れたり、いつも何かしら議論らしいことをしていた記憶です。フォトハウスは理想を図式にした案で、全体をすぐに実現できるというものではなく、できる処から実現させればいいと思ったものです。お金のこと、つまり経済機構のなかでは結ばない、金儲けの手段ではない、そういうムーブメントを背景に構想されたものでした。

 その当時にはもう頭の毛が少なくなっていた彼は、ヒゲを生やしていたけれど、ふつうのやさしそうなおじさん、ってな感じで、ええ、そばにいっしょにいて、高貴な人というイメージではありませんでした。彼の人がらに、慣れるにしたがって、かなり心の奥深いところにまで、平常感覚とか幸不幸感とか、そこまでくみ取れるようになっていったと思えます。理想をかかげ、理想をひろげ、理想を実現していくプロセスを手に入れる。京都という地域は、日本文化を形成するイメージの集積ではないか、集積されているのではないか。その中心は天皇制という概念でくくられることの中身そのもの。それを写真という静止画で、連らねていけないか、というのが命題でした。彼が撮り終えてほぼ十年間、考えあぐねてまとめきれなかった写真群が京都で撮られた一連だと考えますが、ぼくには幾多の示唆をいただいたテーマだと思っています。

 フォトハウスの構想は図式でしかありません。いま、フォトハウス表現研究所を図式し、フォトハウス表現塾を構想しているところです。決して表面的な捉え方ではなくて、生きることの根底、生活のための食べ物、セックス、地縁関係、血縁関係、様々な全体を、仰げば降り注ぐ希望の光として、感じられる生き方、捉え方でしょうかね。いやはや、宗教ではありません、といいながら、これは芸術だ、ということも言えない。時代としては情報ネットワークの時代で、インターネットがなかった時代とは違う環境でしょう。言葉が持つ価値観を見直すべきことが必要なのではないか。言葉のもつ意味を、それぞれ自分の中で定義し、イメージしていかないといけないのでは。これは何時の時代にも言えることかもしれなくて、拠って起つ位置を自覚せよ、だと思います。

posted by nakagawa at 10:27| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月01日

表現塾について-1-

120yama1707110022.jpg
 フォトハウス表現塾の、その内容について、あれこれと考えているところです。メモをとる要領で、いろいろと文章を書いて、自分自身で読みかえしてみて、積み上げていく公開生成の方法を取っています。
 表現の方法をジャンルに分けるというのもいかがなものかと思いながら、枠組みとして5つのジャンルに分けています。絵画、写真、映画、音楽、文章、とこの5つの分野です。
 ジャンルに分けたからジャンルごとに塾を作るという縦割りではなくて、融合させていくということです。塾生になった人が、それぞれに専門となっていく分野、あるいはすでに専門としている分野があれば、その裾野をひろげて、トータルに捉えていく。ここにある5分野は、表現の方法であり、ツールとなるものですが。
 絵画と写真はおたがいに平面構成で、歴史的に見ても絵画があって、カメラの考案により写真が生まれてきます。写真は静止画で、それを連続させると映画になります。映画になることで、音楽要素と文章要素を組み入れることになりますが、先行して舞台芸術の流れが背景にあります。というように相互に関連しながら、芸術の分野を構成していると考えます。
 各ジャンルにおいても、それぞれに現わす方法が多々あって、絵画なら絵具とかの材料から、なにを描くのかという描かれるモノの意味を問うことも必要だし、静止画としての絵画から、立体としてのインスタレーションまでを含むと、視覚表現の(カメラを使わない部分の)すべて、といえるのかも知れません。
 写真と映画と音楽と文章、これらも様々に組み合わされ、現わされることになる現在です。
 表現とは何か、表現することとは、何を意味するのか。わかったようでわかりにくいこの問いに、問うことの無意味さを持ち出さないで、いちおう、考察してみる。
(続く)
posted by nakagawa at 16:45| 京都 ☁| Comment(0) | 表現塾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月22日

フォトハウス日記-2-

PICT0941.JPG
1980年から数年間、巡回写真展を企画して、いくつかの会場を確保して、写真展を開催してきました。もちろんこれはひとりでできるわけではなくて、引き受けていただく方の熱意のたまものでした。ここに掲載の写真展は、どこでおこなったものか、ちょっと記憶にない。記憶にない会場のものを、あえて選んで載せてみたところです。何処やろ?、いろいろ詮索していて、準備中の写真が残っているということは、立ち会っているんだな。白板があり、事務テーブルがあり、天井に照明もある、ということはどこかの会議施設かも知れない、といま詮索しながら、ひょっとしたらYWCAの会場かも知れない。展示しているパネルも、全紙のパネル張りと額装のものがあるから、巡回展の後半の方だと思えるのです。

フォトハウスを設立するのは、巡回展らが終わってから1984年のことだから、巡回展企画は3年ほどだったと思えます。釜ヶ崎の写真展を、年に一回、連帯労組のフェスティバルで展示するようになったのは2008年からです。かれこれ10年になります。これはプロパガンダの要素があるから、あまり関係筋にはアピールしていません。でも、毎年、新作を加えていて、関西プリントでコピーしてラミネート加工して、展示します。野外のテント張りもと、パネルを用意してもらって、貼り付ける。釜ヶ崎当地の関係者と共に展示しています。この年一回、一日限りの写真展を、いま、まとめて展覧会をしようかと思っているところです。というのも、最近、ギャラリーでないスペースで、イベント的に写真展示を行うことが頻繁に行われるようになったから。ぼくの場合なら旧質美小学校のスペースなら借りられそうだと思えます。

フォトハウス表現研究所の名称の枠組みを、最近、立ち上げました。批評と作家と企画者を育てる表現塾を開塾しようと画策中です。昨年までいた枠組みでは、できないと思ったから、それから一年、開塾のめどが立ってきたところです。広報ができにくいから少人数制でおこなう計画ですが、金儲けじゃないから、少数精鋭でいいと思っています。賛否両論、あくまで学びの器は経済の枠組みで、実社会で実施だからお金をとって目立っていくのが本筋だ、という意見と、その逆、教育、学びは、経済活動からいったん離れて、理想を培うところから、とぼくなんかは後者を選ぶわけですが、これはともすれば仲良しクラブでしかなくて、それを意識の中でどのように止揚するかにかかっていると思えます。企画者と参加者の意識の高さによると思えて、参加者にはこの意識の高さを求めていかないといけない。ここからの始まりだと思います。自己改革から始めよう、ですね。

posted by nakagawa at 09:43| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月09日

フォトハウス日記-1-

120scan1612310013.jpg
まえにも、どこかで、この写真を使ったことがあったと思うけど、またこれを載せます。
というのも、バックに写っているのが、関西二科展の看板だからです。
今更、だから、どうしたんだ、という話だけど、ここに出品した事実があります。
数年前まで、写連とか二科とかに所属していたことを恥じる自分がありました。
そもそも京都シュピーゲルが改称された光影会にいたこと自体、隠したい気持ちがあった。
でも、この年になって、自伝を書き連ねているなかで、隠してはいけないと思った。
都合のいいように自分を改ざんする、ねつ造じゃないけど、立派に見せたいと。
でも、そんなの、いけませんよね、あったことをなかったようにすること。
ところで、フォトハウスは1984年ごろに創作された名称です。
最初の頃「写真舎・フォトハウス」という名称でしたが、写真舎をとりました。
最近、和名で表現塾なんて名前を広報し始めたところです。
わけわからなくなってきて、パッシングされたり、排除されたり、そうなるかも。
もう少しリラックスして、この夏を過ごしたいと思っているところです。

posted by nakagawa at 16:21| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする